パラリンピックと共生社会

パラリンピックと共生社会

公開日
2018年8月1日
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東京2020パラリンピックは、は8月25日から9月6日の13日間開催されます。今回の大会は、パラリンピックの成功無しにオリンピックの成功無しとも言われています。1964年の東京大会から2020へは成長社会から成熟社会への変換を期待されています。全ての人たちのそれぞれの尊厳が守られる、お互いが生かしあえる共生社会を示すことが東京パラリンピックのミッションです。そのような中で、私たちがどう関わるか?関われるかが問われています。共生社会の創出へ向けた期待について、河合純一さんにお話を伺いました。


障がいの捕らえ方 聞く、触れてみる、がヒントになる

 皆さんは、時間を知るにはどうすればよいか考えたことはありますか?多くの人は、時計を目で見て時間を知ると考えるでしょう。一般的にはそのように捕らえられていますが、それって、実は、“時計は目で見る”という固定観念に縛られていませんか?私は目が見えません。しかし、見えなくても時間を知ることができます。要するに、時計を目で見ることに縛られて、目が見えないと時間がわからないと皆さんは考えていませんか。例えば、私は携帯電話の音声やアップルウォッチの振動で時間を知ることができます。音を聞いても手で触れても別にいいんです。目が見えなくても知るすべはいくらでもある。私が知りたいことは、今何時なのか?「知る方法は目で見なくてもいいんだ」と気づいた瞬間に発想が変わりませんか?この考え方は実は、障がいをどう捉えるかのヒントにもなります。
 インペアメント(機能障害)、これは私で言うと目が病気で見えなくなったこと。要するにディスアビリティ(心身の機能上の能力障害)という能力の障がいが生まれます。時間を見ることができない、字が書けないという、ハンディキャップが生じます。それは、仕事に就くことができない?結婚できない?学校に入学できないの?のように、障がいがあることがハードルになってしまいます。これは社会的に不利な状況と考えられていました。

  パラリンピックと共生社会(1-1)

 
インペアメントの解決は医学しかなく、病気を治療するしか方法がありません。ディスアビリティは教育訓練やリハビリの分野での解決方法に限られてしまう。また、社会的ハンディは、法律・条令・社会保障で解決するしかないと考えられていました。
しかし、私は大学を卒業して教師になり、今はスポーツ振興センターに勤務しています。私のように、ICIDHでは説明がつかない人たちが増えてきた。つまり目が見えないというインペアメントがありディアビリティがありハンディキャップがある人は就職できない、というモデルが、説明できなくなってきたのです。

 ここに、駅で電車に乗ろうとしたときに車椅子の人がいます。このときの障がいは何だと思います?脚が病気や怪我で動かないこと。車椅子に乗っていること。この駅にエレベーターがないこと。どれでしょう?
病気やけがなどで動けない障がいや、車椅子に乗っていることが障がいであったら、この解決の手段は本人の努力でどうにかなるものではありません。医学では解決できないし、スロープやエレベーターがあれば、駅で電車に乗ることが可能になり、社会参加の機会が広がります。行動の制約を受けることがなくなります。要は、「その活動における障がいをなくすことはできませんか」と言いたいのです。
車椅子に乗っていることや脚が動かないことを障がいだととらえてしまうと、全てにおいて障がいがあることになりますが、もっと日々の場面や状況によって障がいを変えることはないでしょうか?もう一回障がいを考え直す提案をしたいし、考えてもらいたいですね。


ICFの考え方

 皆さんも、怪我をしたときに、一時的に松葉杖になることもありますよね。また、保護者がベビーカーを押している時、何でこんなとことに段差があるんだ?と思うこともある。その瞬間はそう考えますよね。
 2001年以降、国際機能分類が、活動や参加において、個人因子は大きな影響を受けるという図式に変わりました。私は、2018年の日本という国だからこそ、目が見えなくても仕事ができると思っています。パソコンや対応可能なソフトウエアが普通に提供される環境がある国にいるから仕事ができる。そのように、環境も大きく影響しています。パソコンも与えてもらえない、点字ブロックひとつない、クルマでしか移動できない国にいれば、その道は閉ざされてしまうでしょう。
このように、環境も大きく影響しますし、時代や場所も大きな要素です。もし、私、河合純一が話すことが苦手で、性格が暗く気難しい人だったとしたら、講演を依頼する気になりますか?そのような点も含め、個人因子は少なからずしも影響します。能力があっても、性格やパーソナリティが重要です。この図のそれぞれの矢印は双方です。皆さんお気づきだと思いますが、参加・活動における全ての状況を踏まえて、理解いただくモデルです。
 改めて、障がいって何ですか?ということを考えると、個人の側にあるのではなく社会が生み出しているもの。つまり、社会とは何でしょう?もちろん、この場所にいる皆さんもそうです。ある人にとって周囲に存在している人そのものも社会の構成要素の一人と考えると。皆さんが変わることで障がいは変えられる、小さくできる。環境因子の皆さんは一要因なんです。

  パラリンピックと共生社会(2-1)


パラリンピックの意味

 パラリンピックの誕生は、1948年、イギリスのロンドン郊外ストークマンデビル病院が誕生の地です。医師、ルードウィッヒ・グットマン先生が病院の中でリハビリとして障がいのある方々、退役軍人傷ついた兵士のリハビリとして、1948年病院内で開催されたアーチェリー大会が原点と言われています。国際ストークマンデビル大会という名称で開催されていましたが、1964年の東京オリンピックの際、第2回の大会が開催するにあたり、名称が長いので、『パラプレジア』と『オリンピック』を組みまわせで『パラリンピック』という言葉が生まれ、東京オリンピックで始めて採用されました。ちなみに、この名称を日本人が初めて使ったといわれています。
ちなみに、ルートヴィヒ・グットマン先生は「失われたものを数えるな、残されたものを最大限活かせ」という言葉を残しています。これは、障がいをポジティブに捕らえた社会へのメッセージだと思います。
 IPC(国際パラリンピック委員会)パラリンピックの価値は以下の4つの価値を重視しています。

  パラリンピックと共生社会(3-1)


 この4つの価値を体現しているのはパラリンピック大会であり出場しているパラリンピアン本人たちです。その中で、最も象徴的なのは「公平(Equality/イクオリティ)」。大会や選手たちを通じて公平な社会の創造、さて、ことをどうやってめざすのか?が問われています。要するに、『Equality(イクオリティ)』とは、公平な社会を作っていくことです。大会の成功やアスリートの頑張る姿を応援することと思われがちですが、「パラリンピックムーブメント」という視点から見ると、それは、インクリーシブ(共生社会)をめざすことであり、様々な活動を通して世界中をインクルーシブな社会変えていくための活動が1番の目的であり究極のゴールなんです。特に重要なポイントは、様々な課題を通じて社会改革を促していこうことなんです。
社会って何だと思いますか?実は、皆さんも社会が構成されている一員なんです。要は皆さんが代わることを促すことも、パラムーブメントであり、ここで私が講演していることもパラムーブメントと捕らえています。
皆さんが本日の話を周囲に伝えることで、パラムーブメントの理解が広がっていくことが期待できます。私は、皆さんはとてもインパクトがある人たちと思っています。様々な形でIPCも戦略を練っています。このた究極のゴールに目指して活動していくことを提案しています。

パラリンピックの現状

 東京2020大会は22競技が開催が予定されています。新種目はバドミントンとテコンドーの2種目。前回のリオ大会からはトライアスロン、カヌーが加わりました。東京大会は計539種目を行う予定で、総数約4,400人の選手が参加します。パラリンピックの過去の大会を見ると、2012年のロンドンがもっとも成功したといわれています。なぜ成功したと思いますか?大会発祥の地で開催とはいえ、イギリスは2012年がパラリンピック初開催でした。その中で様々な取り組みが行われました。実は、今でも語り継がれる大成功な大会でした。ロンドン大会を機に、オリンピックやサッカーワールドカップにつぐスポーツイベントとしての地位を確立したと言われています。メディアやCMを使い、会場に行きたいと思わせる戦略が功を奏しました。そのひとつとして、かわいそうからかっこいいへの変化、イギリスのテレビ局「チャンネル4」が制作たCM【Meet the Superhumans】です。
「 “強さ” について自分が知っていると思っていたことは、全て忘れろ」
「 “人” について自分が知っていると思っていたことは、全て忘れろ」
「戦いの時は来た」
「スーパーヒューマンを目撃せよ」
というメッセージが表示されていきます。
 それまで、「障がいのある人が頑張っているから応援しよう」「かわいそうだけどすごよね」という意見が大きな世論でした。今のアスリートたちをそのまま撮影してCMを制作したところ、大反響があり、2012年のCM大賞に選ばれました。もちろん、このCMですべてが変わったわけではないですが、とてもインパクトのあったCMでした。
実際、「スーパーヒューマンに会いに行こう!」というテーマに、280万枚のチケットが売れました。観戦者の年齢構成を見てみると、パラリンピックは半分以上が女性。母親が子どもと一緒に観戦するキャンペーンを行い、多くの子どもたちに見てもらいたい戦略が当たりました。東京大会も是非、たくさんの女性にもチケットを買ってもらい皆さんとともに応援いただきたいですね。
 日本は1964年初参加で金メダルを獲得、2016年リオ大会では0個となり、残念な結果でした。東京2020大会ではJPCは金メダル20個を目標にしています。私も、選手を支える立場としても頑張らないといけませんね。

 東京2020大会ビジョン

 東京2020大会のビジョンは、2013年から2014年にかけて作られました。『スポーツは世界と未来を変える力がある。1964年は日本を変えた、2020は世界を変えていくんだ、全ての人が自己ベストをめざし、多様性と調和、未来への継承』というコンセプトのうち、イノベーティブでポジティブな大会として掲げています。
 そして、エンブレムでは、皆さんもご存知の通り、とてもシンプルなつくりです。3つの四角形の組み合せたものです。15枚ずつ45のパーツで構成されています。オリンピックもパラリンピックもこのパーツで成り立っています。組み市松という伝統的なデザインを採用。ポイントは3という数字です。作者の野老朝雄(ところあさお)さん曰く、「3とは社会の最小単位である。3人いるところから社会が生まれる、政治が生まれたりパラーバランスが生まれます。そういったものを組合せることにより美を追求するとか、理想的な形がつくれないか?同じパーツで同じ数、同じ大きさの三角形をの種類を組みあわせることにより、大会のコンセプトに重ね合わせました。しかも、視覚障がい者の方にも触って分かりやすいデザインを心がけました」とのこと。
そのような想いで見てていただくとエンブレムに対する考え方も変わってくると思います。このようにデザインとコンセプトがつながっていることはとても重要なことだと思います。
 また、マスコットも選ばれました。各小学校に1票を与え、盲学校の子どもたちにも選んでもらうよう、立体的な模型も作り、投票してもらったそうです。ここでも、誰でも大会に参加するエンゲージメントを生み出す取り組みが行われています。
 東京2020大会は、障がい者スポーツの象徴的な存在になってそれを通じて様々な可能性を皆さんに見せていく大会になると私は感じています。パラリンピックを開催することで社会を変えていく、地域を変えていく、人々の心を変えるんだというところが大きなポイントですね。
 そして、皆さんが考えている以上のパフォーマンスを見ることができるのがパラリンピックの魅力です。オリンピックが平和の祭典といわれていますが、パラリンピックは可能性の祭典だと私は言い続けています。足がなくても飛べるんだろうか、幅跳びで遠くまでとべるんだろうか?と思いがちですが、もし、自分がそのような状況になっても、やればできるんだと可能性を感じることができる大会だと私は思います。
ソチ大会の閉会式アトラクションで、壁に“impossible”書いてある壁画ありました。このimpossibleですが、障がい者は不可能と言っていると思ってしまいますよね。ところが、車椅子の方がロープをよじ登り、iとnの間に自分自身が入り、自らアポストロフィーとなり、I’m possibleに変わったんです。要は不可能はできるに変えられるメッセージでした。今では、パラリンピックが可能性の祭典といわれる由来にもなっています。巷の方からは、パラリンピックってよくわかんない、ルールわかんないし難しいし、つまんないのでは、という声が聞こえます。しかし、メッセージをしっかり受けとめてもらえれば、十分に楽しめるコンテンツになっています。是非会場へ足を運んでいただきたいですね。

2020のレガシーを考える

 先ほども申し上げましたとおり、東京2020大会は世界で2度目の大会を開催する最初の国です。これは世界初ということ。2024パリ大会も2028ロサンゼルス大会もパラリンピックは初の開催です。世界が注目している大会です。オリンピックとパラリンピックの両開催をしたのは1964年の東京大会が初でした。2020年もパラリンピックの成功なくしてオリンピックの成功もないと言われています。
 1964年のレガシーはハードのレガシーと言われています。新幹線、首都高速、日本武道館等の整備と充実が行われました。2020年はソフトの面、ポイントは利用しやすさ(アクセシビリティ)や教育であったり、皆さんの心の考えかた、マインドセットが変わることなんです。バリアって言葉がなくなればいいと思うし、バリアという言葉があるからなくならないんではないでしょうか。それを変えていくための考え方を共有していくこと、皆さん自身、皆さんの考え方、組織そのものがバリアになっていませんか?
私は、指導者や管理してる側の意識がかなり課題だと捕らえています。しかし、これは変えることができる。法律も国会議員が頑張れば変えられるし、条例や制度なども権力者が変えたいと発信すれば変わることができる。要は、「変えよう」と言えば変えられるんです。東京2020という変革のチャンスがあるのに今まで通りの考えでいいんでしょうか?後ろ向きな人は前例踏襲で変えたがらない。やはり、守ることと変えることは両方あってしかるべきだと思いますし、それは本当に守るものなのかの判断が必要です。また、最近の話題になっているスポーツ界の指導のことも、そういうなかで起こっている課題なのかと思います。
 2016年より障害者差別解消法が制定されました。おかしなものはおかしいと皆さんが声を発してで変えていくことが東京2020の大切なレガシーと思います。そこを皆さんをしっかり共有していかなければならないと思っています。

指導者について

 世界の指導者像を見ると、障がいのある人へ向けた指導者を求めるのではではなく、運動やレクリエーションをすべの人たちに指導できて一人前という考え方が主流になっているようです。よく言いますが、障がいのある子どもが教室やクラブに参加しようとすると、経験が無いという理由で断られると聞きます。しかし、不幸なことに入会してた子どもが病気や事故で障がいを伴うようになったら、参加をやめてくださいとか言えますか?そこで、一緒に考えてみようという姿勢が取れるかなんです。最初は人間誰でも何も分からないから怖いし、恐れがあります。しかし一歩前に踏み出してほしい。皆さんには誰が来ても指導できる専門家になってほしいですね。指導者は誰でも教えられることが重要、そこには様々な課題があります。でも、少しずつ変えていかないと進んでいかなんです。
そして、我々が東京2020通じて培った知見を地域のスポーツ・レクリエーション等に展開し、壁を取り払っていきましょうよ。実際に、障がいのある方がスポーツに参加したのは健常者の半分以下です。ここを上昇させないといけない。スポーツ庁でもスポーツ基本計画でも数値化されています。スポーツの良さは楽しむことや繋がりも大切な要素です。健康増進の面もありますが心理的な面も大きなポイントです。やはり、皆さんの活動はスポーツ基本計画の実現ところに影響しているんではないでしょうか。

まとめ『ハードのバリアはハートで超えよう』

 ゼロにするの大変だけど、バリアは気づき促しますし、疑問を持つきっかけになります。まずは、ポジティブに捉えること、そしてどうしたらよいか常に考えましょう。最初から無理だと否定から入るのはやめませんか?
遠くを見たくて望遠鏡が開発され、便利に移動したいから自動車が発明されました。不便とかバリアからイノベーションが生まれます。であるならば、障がいのある方の声は、地域や皆さん自身を変えるヒントになるんです。そこから違う関係性も生まれてくるのではないでしょうか。
世の中は東京2020まで嫌でもスポーツに目が向きます。だからこそスポーツ・レクリエーションから 、心のバリアや様々なものを変えいくように皆さんが発信していくことがとても重要です。
私が目指すのは、ミックスジュースではなくフルーツポンチです。これは、ミキサーでミックスされ何が何だか分からなくなるより、1個1個食感や味わいありつつよさがわかるフルーツポンチがいいじゃないですか。これから我々が目指す共生社会は、個性をなくすほど切り刻んで均一化して何かを整えるのではなく、それぞれのよさを認めあい活かしあえる社会を作ること。それぞれの良さや個性・特性を理解しあって一緒になって社会を作ること、がわれわれが目ざす方向ではないでしょうか。
インクルーシブな社会はミックスジュースではなく、ともに活かしあわないといけない。つまり、そこにはコミュニケーションが必要。是非皆さんにもそのような思いを持って活動いただきたいです。

2018年6月9日立教大学にて

プロフィール

河合 純一(かわい・じゅんいち)
静岡県生まれ、15歳の時に失明。早稲田大学卒業後、静岡県で教鞭を取る。パラリンピック6大会出場(1992年バルセロナ大会から2012ロンドン大会まで)、金メダル5個を含む21個のメダル獲得。現在は、スポーツ振興センターハイパフォーマンス戦略部に勤務する傍ら、日本パラリンピアンズ協会会長、日本身体障がい者水泳連盟会長も勤める。2016年日本人初、パラリンピック伝道入りを果たす。

  パラリンピックと共生社会(9-1)
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